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霊魂の構造と二通りの竜神 – ひふみ神示 解釈6の1

かなり久しぶりの投稿になります。二年くらい前から哲学書を手にとって読み始めました。まだソクラテスやプラトンなど古代ギリシャの哲学者と、古代中国の思想家である老子を中心にちょこちょこと読んでいる段階なのですが、ひふみ神示の内容や神道的な考え方とも共通している部分があると感じたこともあり、書くことにしました。

ひふみ神示に登場する”立立体”から”霊魂の構造”や、以下の記述にある”二通りの竜神”の意味について考察します。かなり長くなってしまったので、この解釈は数回に分けて投稿することにしました。色々とややこしい話もあるので、気長にお付き合いください。今回は”霊魂の構造”について考察していきます。

『竜神と申してゐるが竜神にも二通りあるぞ。地からの竜神は進化して行くのであるぞ。進化をうそざと思ふは神様迷信ぞ。一方、天からの竜神は退化して行くのであるぞ。この二つの竜神が結ばれて人間となるのであるぞ。人間は土でつくって、神の気入れてつくったのざと申してあらうがな』(白銀の巻 第二帖)

ひふみ神示を知らない方は、「 ひふみ神示 解釈1 」を読んでいただけると、少し分かりやすいと思います。全文は「 ひふみ神示データー 」というサイトに載っています。また、このサイトを参考にさせていただきながら、「スマートフォンの表示にも対応したサイト」を作成したので、こちらもぜひ覗いてみてください。

霊魂の構造

一霊四魂

霊魂は”一霊四魂”の構造でできていると考えています。

『荒、和、幸、奇、ミタマ統べるのが直日のみたま。みすまるのたまぞ。今度は直日のみでなくてはならん。直日弥栄えて直日月の能(ハタラキ)となるのぞ』(黄金の巻 第二十一帖)

ひふみ神示にもこのような記述があったのですが、”一霊四魂”という言葉を知るまではほとんど意識したことのない帖でした。この言葉を知ったのは『アマテラスの暗号』というミステリー小説です。主人公と籠神社の海部宮司との会話の場面で登場しました。

「一つ、例を紹介しましょう。例えば、神道には一霊四魂とか、分魂とか呼ばれる考え方がありましてね、魂が天と繋がる直霊と呼ばれる一霊と、その霊によってコントロールされる四つの魂から成り立っていると考えられているんですよ」
 宮司はまた筆をとり、
荒魂、和魂、幸魂、奇魂
 と書いた。筆をゆっくり硯の上に戻しながら説明を続ける。
「荒魂というのは祟ったりする神の荒々しい魂で、疫病や天変地異などを引き起こす魂をいいます。和魂というのはその逆で、優しく平和的で恵みやご加護を与えたりする魂。幸魂は、人に収穫や幸をもたらす魂。奇魂は、観察力、分析力、理解力などから構成される知性を持つ魂です。

伊勢谷 武. アマテラスの暗号 〈歴史ミステリー小説〉. 廣済堂出版. 2020. pp.638-639(Kindle 版)

また、芳村正秉 著『宇宙之精神』という書物の第八章にも”一霊四魂”に関する記述があります。「幸魂(さきたま・さきみたま)」は”財宝福利”や”寿康殷富”などに関するもの。「奇魂(くしたま・くしみたま)」は”知識才略”や”学芸技術”などに関するもの。「荒魂(あらたま・あらみたま)」は”勇猛果敢”や”義侠強忍”などに関するもの。「和魂(にぎたま・にぎみたま)」は”仁愛和楽”や”慈順謙遜”などに関するもの。こういった内容が述べられていて、『アマテラスの暗号』の内容ともほぼ一致します。”一霊四魂”は神様の霊魂を表したものですが、神様から生まれた人の霊魂も同じ構造を持っていると考えています。

“一霊四魂”に関して、以下のような説もあります。

「幸魂奇魂」の「幸」(さき)は、「咲き」や「裂き」であり、増殖や分裂である。 「幸魂奇魂」の「奇」(くし)は、「串」や「櫛」であり、「整え」や「統一」を意味する。 「幸魂奇魂」は「分化繁殖」したモノを「整え統一」させ、大国主大神の道に神習い、明るく和やかな日々が送れるということを意味する[2]

神語」(2017年11月10日 (金) 18:25)『ウィキペディア日本語版』。
2.『出雲大社教布教師養成講習会』発行:出雲大社教 教務本庁、平成元年9月、全427頁中182頁

『「幸魂奇魂」の「幸」(さき)は、「咲き」や「裂き」であり、増殖や分裂である。「幸魂奇魂」の「奇」(くし)は、「串」や「櫛」であり、「整え」や「統一」を意味する。』とあるのですが、私見ではどちらにも”統合”や”分離”のような意味が込められているのではないかと考察しています。

「奇魂」は知識や技術などに関するものですが、それらは分類や理解などの”分離”と、要素同士を結びつける”統合”によって獲得できます。また「幸魂」も同様に、例えば財貨などは、他者が保持している一部を”分離”し、自己に”統合”することで獲得します。「串」と「咲」が”統合”、「櫛」と「裂」が”分離”を意味していると思われます。

「荒」や「和」も同様に、例えば「荒(あら)」には「現われ」や「新た」、「和(にぎ)」には「握る」や「賑やか」の意味もあり、「現」と「握」は”安定”、「新」と「賑」は”不安定”を意味しているのかもしれません。

これら”統合”と”分離”や”安定”と”不安定”は、”善”と”悪”の関係にも繋がるものと考えていますが、それについてはまた別の投稿で考えます。

さらに余談ですが、ひふみ神示によく登場する「てん詞」という言葉には、一霊の”・(てん)”と四魂の”四(詞)”の意味も込められているのかもしれません。

『三千世界一度にひらいて世界一列一平一つのてん詞(四)で治めるぞ。地の世界に大将なくなって五大州引繰り返りてゐると申すことまだ判らんのか』(アメの巻 第十三帖)

一霊四魂と五行説

ひふみ神示には「東木、南火、中土、西金、北水、これを五行と申す。」とあり、これは”五行説”の「木火土金水」と関連しています。そして、この”五行説”は”一霊四魂”とも関連すると考察しています。

『天の5を地にうつすと地の五則となるのぢゃ、天の大神は指を折りて数へ給ふたのであるぞ、天の大神の指も五本であるから、それを五度折りて二十五有法となされ、五十をもととされたのぢゃ、神々、神心、神理、神気、神境であるぞ、この交叉弥栄は限りなし、これを五鎮と申すのであるぞ。上天、下地、照日、輝月、光星、これを五極と申すぞ。東木、南火、中土、西金、北水、これを五行と申す。裸物、毛物、羽物、鱗物、甲物を五生と申し、文則、武則、楽則、稼則、用則を五法と申すのぢゃが、それだけでは足りない、その中にがあるのぢゃ、大神がましますのぢゃ、人民の頭では中々に理解出来んなれど、理解して下されよ。これが妙であるぞ、奇であるぞ、天の父の教であり、地にうつした姿であるぞ』(極め之巻 第九帖)

東木 = 奇魂、南火 = 荒魂、中土 = 直霊(直日)、西金 = 幸魂、北水 = 和魂。このように関連付けられます。木が串や櫛の材料となること、金が富を象徴するものであること、火が「烈火の如く」など”憤怒”の表現で使われること、水が「水に流す」など”和解”の表現で使われること、これらが関連付けの理由として挙げられます。

一霊四魂と魂の機能の三区分

さらに”一霊四魂”は、西洋哲学の祖とされるソクラテスやプラトンの魂の理論とも関連性があると考えています。

プラトン 著『国家』において作中のソクラテスは、本人が生まれ育った当時のアテナイ(アテネ)という民主制の都市国家(ポリス)に属する人々の特性と照らし合わせることで、一個人における魂の機能を説明しました。

政策を審議する任に当たる者からは〈理知的部分〉、金儲けを業とする者からは〈欲望的部分〉、統治者を補助する任をもつ者(兵士や警備などの守護者?)からは〈気概の部分〉をそれぞれ見いだし、魂の機能を三つの要素に区分しています。これを「魂の機能の三区分」といいます。〈理知的部分〉は理性や知性などをもたらし、〈欲望的部分〉は諸々の生理的な欲求や利得欲などをもたらし、〈気概の部分〉は勇敢さや怒りなどをもたらします。

“一霊四魂”に関連付けると、〈理知的部分〉には「奇魂」が、〈欲望的部分〉には「幸魂」が、〈気概の部分〉には「荒魂」がそれぞれ対応すると考えられます。しかし、「和魂」と「直霊(直日)」に対応する部分がありません。そこで、「魂の機能の三区分」に新たに〈寛容の部分〉と〈魂の玉座〉を加える可能性を検討します。

「魂の機能の三区分」に〈寛容の部分〉と〈魂の玉座〉を加えて、それぞれの機能の大まかな役割を整理しました。

  • 理知的部分 – 理性や知性など物事を分別したり理解する部分。(中庸)自省・知慮など…(超過)頑固・狡猾など…(不足)軽薄・愚昧など…
  • 欲望的部分 – 生理的欲求や利得欲など欲望全般を生み出す部分。(中庸)節制・希望など…(超過)放埒・強欲など…(不足)無欲・鬱屈など…
  • 気概の部分 – 意見を伝えたり、拒否するなどの能動的な部分。(中庸)勇敢・対抗など…(超過)無謀・憤怒など…(不足)臆病・虚弱など…
  • 寛容の部分 – 意見を聞いたり、承諾するなどの受動的な部分。(中庸)傾聴・許容など…(超過)放任・隷属など…(不足)無視・断絶など…
  • 魂の玉座(神の道) – 魂の各部分が超過や不足の状態に陥らないように中道を保つ部分。神に繋がる道。

三区分の場合には、〈理知的部分〉と〈欲望的部分〉と〈気概の部分〉とで王座を奪い合うため、常に争いと抑圧によって分裂した状態になってしまいます。その状態を脱却するためには、相手の意見に耳を傾けるための〈寛容の部分〉が必要です。さらに、中心に〈魂の玉座〉を据えることで、偏りがなく調和した状態を維持できると考えます。

ここで、〈理知的部分〉が”寛容”の役割も担うのではないかという疑問も生じます。例えば、”喧嘩(気概)”したときに相手の心情や状況を”知り理解(理知)”することで相手を”許容(寛容)”する場面があります。しかし一方で、”理性(理知)”の警告を無視して、体に悪い”食事(欲望)”などを自らに”許可(寛容)”してしまう場面もあります。このように〈理知的部分〉と〈欲望的部分〉の両方に味方をする場面があるため、どちらにも属さない部分であると考えられます。もちろん、働きが反対の〈気概の部分〉にも属しません。

理知的部分 = 東木 = 奇魂、気概の部分 = 南火 = 荒魂、魂の玉座(神の道) = 中土 = 直霊(直日)、欲望的部分 = 西金 = 幸魂、寛容の部分 = 北水 = 和魂。このように関連付けられます。

もし霊魂に〈寛容の部分〉と〈魂の玉座〉が存在するならば、ソクラテスやプラトンがそれらを見いださなかった理由はなぜでしょうか。

プラトン 著『ソクラテスの弁明』では、ソクラテスの裁判の様子が描かれているのですが、弁護人は登場せず、ソクラテスは自らを弁護しなければなりませんでした。ソクラテスやプラトンは当時のアテナイの国制に照らし合わせて一個人の魂の機能を説明したので、弁護人に関する制度がなかったために、〈寛容の部分〉は見いだされなかったのだと思われます。現在では当たり前になっているこの制度がもし当時からあれば、魂の機能は”三区分”ではなく”四区分”になっており、ソクラテスの命も救われていたかもしれません。

別の理由として、〈寛容の部分〉が行き過ぎた場合には隷属的な性質にもなるため、古代ギリシャの理想的な男性像として受け入れ難かった可能性も考えられます。ですが、当時のアテナイは奴隷制によって国家が支えられていた側面もあったと思われるため、奴隷の隷属的な性質も考慮して魂の機能を”四区分”とすべきだったのかもしれません。

〈魂の玉座〉については、当時のアテナイは民主制で王が存在しなかったことや、〈理知的部分〉が王の役割を担うと考えたため、見いだされなかったのだと思われます。

おわりに

今回は”霊魂の構造”を考え、古代ギリシャの”西洋哲学的な霊魂論”と、古代中国の”東洋思想的な五行説”と、日本の”神道思想的な一霊四魂説”との関連付けを試みました。なかなかややこしい話だったと思いますが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回は、霊魂から生じる〈徳〉と〈正義〉について考察します。今回登場しなかった老子の思想は次回登場する予定です。”立立体”と”二通りの竜神”の登場は次次回になってしまうと思います。気長にお付き合いください。

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